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名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)93号 判決

原告

伊神喜弘

右訴訟代理人弁護士

福岡宗也

郷成文

山本秀師

浅井正

打田正俊

加藤豊

杉浦豊

福井悦子

田原裕之

福井規之

岩田宗之

伊藤邦彦

竹内浩史

浅野元広

伊藤誠一

上田文雄

太田勝久

尾崎祐一

小坂祥司

笹森学

中田克己

山本隼雄

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

佐々木知子

外二名

被告

愛知県

右代表者知事

鈴木礼治

右訴訟代理人弁護士

佐治良三

後藤武夫

右指定代理人

河村裕晴

外一二名

主文

一  被告国は、原告に対し、金一二万円及びこれに対する昭和六一年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対するその余の請求及び被告愛知県に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告と被告国との間においては、原告に生じた費用の一〇分の一を被告国の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告愛知県との間においては、全部原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき、仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、名古屋弁護士会所属の弁護士で、昭和六一年五月一日当時、公務執行妨害被疑事件で愛知県警察本部留置場(以下「県警留置場」という。)に身柄拘束中の訴外愛知県警察本部留置場番号第二八号(以下「県警二八号」という。)の弁護人になろうとする者であった。

(二) 被告国は、昭和六一年五月一日当時、右被疑事件の担当者として、名古屋地方警察庁(以下「名古屋地検」という。)検察官Y(以下「Y検事」という。)をして、捜査及び被疑者勾留の職務を遂行させ、また、名古屋地検公安部長検察官K(以下「K部長」という。)を右Y検事の上司として、それぞれ公権力の行使に当たらせていた。

(三) 被告愛知県は、昭和六一年五月一日当時、同県が設置管理する県警留置場において、留置係員D(以下「D留置係」という。)らをして、県警二八号に対する留置業務を遂行させ、もって公権力の行使に当たらせていた。

2  県警二八号の逮捕勾留、接見等禁止と接見等に関する一般的指定

(一) 県警二八号は、昭和六一年四月二〇日午後三時五三分ころ、公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕され、同月二三日、名古屋地方裁判所(以下「名古屋地裁」という。)において勾留及び接見等禁止の決定がなされ、代用監獄である県警留置場に勾留された。

(二) Y検事は、同月二三日、県警二八号の勾留執行後、直ちに「捜査のため必要があるので、被疑者と、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者との接見又は書類若しくは物(ただし、食料及び衣料を除く。)の授受に関し、その日時、場所及び時間を別に発すべき指定書のとおり指定する。」旨記載の「接見等に関する指定書(通知)」(以下「本件一般的指定書」という。)を、県警二八号及び勾留場所である県警留置場の管理者(同県警本部総務部留置管理課長)にそれぞれ送付した。

3  原告と県警二八号との接見拒否の経緯

(一) 原告は、同年五月一日午前八時四〇分ころ、愛知県警察本部総務部留置管理課(以下「県警留置管理課」という。)に赴き、D留置係に対し、県警二八号との接見を申し入れた。

D留置係は、原告に対し、「検事さんの指定書を持ってこられましたか。」と尋ねたので、原告は、「指定書はありません。」と答えた。すると、D留置係は、「検事さんより、弁護士さんとの接見は、指定書でしてもらうようにと言われています。」と述べた。そこで、原告は、県警二八号が在監中で取調べを受けていないことについて、D留置係から確認を得た上、「指定書がなくても接見させなければいけない。指定書の持参の有無は問題にならない。」と強調して接見を求めた。D留置係は、原告の右申出につき、名古屋地検のY検事係に電話を架け、「伊神弁護士が県警留置管理課に来て、接見したいと申し出ている。指定書を持ってきていないが、どうしたらよいか。」と問い合わせた。そして、電話を終わって、原告に「Y検事が出勤するまで待ってくれ。」と述べて、接見させなかった。

そこで、原告は、D留置係に対し、「検察官の出勤を待つ必要はない。県警二八号は現に在監しているし、取調べもしていない以上、検察官が弁護士に対し接見を指定する要件がないから、検察官が接見の日時の指定がなくても、直ちに接見をさせるべきだ。」と改めて接見を申し入れた。しかし、D留置係は、「先生もご承知のとおり、指定書を持ってきてもらわない以上、接見をさせるわけにはいかない。」と答えてこれを拒否した。原告は、「指定の要件が認められない以上、直ちに接見させるべきだ。」と繰り返し説得と抗議を重ねたが、D留置係は「指定書を持って来てもらわない以上接見させることはできない。」として、頑として接見を認めなかった。

(二) D留置係は、前同日午前九時二〇分ないし二五分ころ、名古屋地検から県警留置管理課に架けてきた電話に出て、原告に直接検事と話をするよう求めた。

そこで、原告は、右電話を取り、K部長に対し、「県警二八号が在監しており、かつ、取調べも実況見分もしていない以上、指定の要件はないはずだから、直ちに接見されるべきだ。」と申し入れた。これに対し、K部長は、「検察庁まで出向いて具体的指定書を取りに来てほしい。」と返答した。原告は、「指定の要件が認められない以上、指定権の行使自体できないはずであるから、具体的指定書を取りに行く必要はない。」と話したが、K部長は「本件は、全般にわたって刑訴法三九条三項にいう指定の要件があるので、仮に弁護人が接見を申し入れた時点において、被疑者が在監し、かつ、取調べがなくても、検察庁まで赴いて指定書を受領しない限り、接見は認めない。」と応答し、接見を拒否した。

(三) そこで、原告は、直ちに名古屋地裁に赴き検察官の接見に関する処分に準抗告を申し立てたが、同地裁は、同日、これを棄却する旨の決定をした。

(四) 原告は、右決定の不当性については他日を期すこととし、同日、名古屋地検に赴き、Y検事に面談の上、具体的指定書の交付を求めた。

Y検事は、翌二日に接見の指定をした。そこで、原告は、指定された時刻に県警留置管理課に出向いたものの、県警二八号は既に釈放されていたため、接見できなかった。

4  違法性

(一) 接見交通権の位置付け

(1) 日本国憲法は、三一条以下一〇か条に及ぶ刑事手続に関する原則規定を置き、三四条前段において被拘束者の弁護人依頼権三七条三項において刑事被告人の弁護人依頼権を保障している。

これら憲法上の刑事手続に関する諸規定の構造は、一方で国家刑罰権の発動のために人権の中で最も基本的な人身の自由が制約される場合を承認しつつ、他方で司法官憲による令状主義の事前抑制、捜査から公判に至る刑事訴追過程における適正手続の保障、無罪であった場合の原状回復措置としての刑事補償を制度化することによって、不当に人身の自由が侵害されないよう配慮しているということができる。

右のような弁護人制度の憲法上の位置付けに照らして、憲法三四条前段の弁護人依頼権は、単に形式的に弁護人を選任する権利にとどまらず、身柄を拘束された者が、その自由や権利を防禦する上で最も必要な時に実質的に法律専門家の援助を受けられる権利を保障したものといえる。

(2) こうした重要な任務を背負った弁護人の諸活動を効果的にするためには、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)と被拘束者とが自由に、かつ、立会人なしに接見し、物の授受をなし得ることが大前提である。接見交通の自由が保障されない限り、刑事訴訟法上の被疑者、弁護人等の権利行使はもちろんのこと、身柄拘束を担保する弁護人等の活動のすべてが実効性を期し得ない結果となる。

この意味において、接見交通の自由の大原則は憲法三四条前段の弁護人依頼権の実質的内容をなしており、したがって、刑訴法三九条一項に定める被疑者らの接見交通権は、憲法三四条前段の保障する憲法上の権利ということができる。

(二) 刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈

(1) 接見指定の積極要件

接見交通権が前記のように憲法上の保障をうけていることに照らせば、これを制約する接見指定の要件である刑訴法三九条三項所定の「捜査の必要があるとき」の内容は、文言どおり「捜査の必要性」という漠然としたものに解することはできず、一般的に明確にされなければならない。

刑訴法三九条三項は、被疑者が捜査の客体であると同時に防禦の主体であるという二面性を有するため、捜査機関側と弁護側において被疑者の身柄を取り合うような形になった場合に、被疑者の面接のための時間的調整が必要になってくることから設けられた規定と解すべきである。したがって、「捜査のため必要があるとき」とは、①現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせている等捜査機関が被疑者の身柄を現に使用している場合であって、②接見を直ちに実現するために捜査を中断しなければならないとするならば、その支障が顕著な場合と解すべきである。

(2) 接見指定の消極要件

更に、刑訴法三九条三項ただし書は、「接見指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するものであってはならない。」と規定している。これは、接見指定制度が、前述の接見交通権の絶対的保障と矛盾抵触しないように設けられた要件である。したがって、次のような場合は、たとえ接見指定の積極要件が存在していたとしても、直ちに捜査を中断して接見の機会を保障しなければ違法なものとなる。

① 第一回目の接見申出の場合

② 被疑者が弁護人等との接見を希望する場合

③ 捜査機関や弁護人等の都合で、長期にわたって接見の機会が保障されていなかった場合

④ その他特に家族の伝言等緊急に接見する必要がある場合

(三) 一般的指定の違法性

(1) Y検事は、前記のように、県警二八号について勾留の決定がなされると、直ちに県警留置場の管理者あてに本件一般的指定書を送付して、一般的指定を行った。

(2) 一般的指定がなされると、原則的に弁護人等の自由な接見は禁止され、具体的指定によって右禁止が部分解除されることになる。

すなわち、弁護人等は、一般的指定がなされている限り、被疑者が取調べ中ではなく在監している場合であっても、検察官との協議が整わない限り接見することはできず、弁護人等に検察官との協議を強要し、検察官の具体的指定書によって具体的指定を受けることを強要している。弁護人等が右協議に応じない場合はもちろん、協議を行ったが整わない場合も、検察官が不在で協議自体ができない場合も、弁護人等は接見を行うことができない。これは、刑訴法三九条一項によって本来自由であるべき接見交通が原則として禁止され、例外的に具体的指定があった場合にのみ許される結果となり、違法である。

(3) また、一般的指定は、接見指定要件としての「捜査のため必要があるとき」の前記解釈に照らし、右要件を充足していない点においても違法である。しかも、Y検事は、かかる一般的指定をしながら、原告の接見申出に速やかに対応せず、原告を四〇分ないし四五分も待たせたのであるから違法である。

(四) 接見拒否の違法性

(1) D留置係の接見拒否

原告が接見を申し入れた時点(昭和六一年五月一日午前八時四〇分ころ)では、県警二八号は取調べを受けずに在監しており、しかも、取調べに近接した時間帯でもなく、「捜査の必要性」も認められなかった。ところが、D留置係は、本件一般的指定書が発せられていたため、原告が具体的指定書を持参していないことを理由に、接見を拒否した。

(2) K部長の接見拒否

原告がK部長に電話で接見を申し入れた時点(前同日午前九時二〇分ないし二五分ころ)では、県警二八号は取調べを受けずに在監しており、のみならず、「捜査の必要性」も存在しなかったのに、具体的指定書を検察庁まで取りに来るよう要求し、結局、原告の接見を拒否した。

5  故意、過失

(一) Y検事

(1) Y検事は、県警二八号に対する前記被疑事件につき、刑訴法八一条により接見禁止がなされた事実をもって、慣例的に一般的指定をしたものである

いったん一般的指定がなされると、実務上、指定の要件が認められない場合であっても、代用監獄の留置係員は、検察官の指定のない限り弁護人等と被疑者の接見を許可しない運用がなされていた。すなわち、あたかも一般的に接見が禁止され、検察官の指定があるときにのみ解除されるという法の予定することと全く正反対の事態が現出されていた。この事実はY検事においても十分承知していたのであるから、一般的指定をしたことについて、Y検事に、故意あるいは過失があったことは明らかである。

(2) また、主任検察官は留置係員と常時連絡が取れる体制をとり、弁護人等の接見申し入れがあったときは、速やかにこれに対応し、仮に連絡が取れないときは、直ちに弁護人等と接見させるよう指示しておくべきであった。ところが、Y検事は、これを怠ったため、前記のように原告が接見を申し入れたのに、D留置係において、Y検事と連絡が取れないため、原告を四〇分ないし四五分も待たせ、接見も許されなかった。この点において、Y検事は、留置係員が主任検察官に連絡が取れないとき弁護人等の接見を許可しないことを認識し、かつ、認容していたといわざるを得ず、故意があったといわなければならない。

(二) K部長

K部長は、原告の接見開始が四〇分以上にわたって遷延している上、具体的指定の要件もないのに、原告に対し、検察庁に来庁して具体的指定書の交付を受けない限り接見を認めないとの態度に出た。のみならず、本件当時、既に、刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」につき、判例上、いわゆる限定説として「現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等、捜査の中断による支障が顕著な場合」に限られるとの解釈が確立していたことを知りながら、あえてこれと異なるいわゆる捜査全般説に立って、具体的指定書の「持参方式」(検察官のところまで当該具体的指定書を取りに来させ、それを代用監獄まで持参させた上、代用監獄職員に交付させる方式)にこだわって、違法に接見を拒否したのであるから、故意もしくは過失があることは明らかである。

(三) D留置係

(1) D留置係は、代用監獄としての県警留置場における留置主任官の職務代行者であった。留置主任官は、監獄法等のほか、これに関係する重要判例に従って、捜査官たる検察官の指揮命令を受けることなく、これから独立して留置業務を執行すべき義務がある。

(2) 本件当時、一般的指定が違法であることは、最高裁判所が杉山事件で昭和五三年七月一〇日言い渡した判決(以下「杉山最高裁判決」という。)により、判例上確立していた。したがって、D留置係は、一般的指定が違法として原告に接見させるべきであったのに、これを怠り、違法な一般的指定に従って、検察官と弁護人等との協議が整わないとして接見を許可しなかった過失がある。

(3) しかも、杉山最高裁判決は、刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈につき、現に被疑者を取調べ中であるとか、被疑者をして実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等、捜査の中断による支障が顕著な場合に限るとされ、罪証隠滅の防止を含む捜査全般の必要性をいうものでないことは、同判決以降の確定判例であった。右判例に従えば、接見事務の円満な遂行を扱う留置主任官にも、「捜査のため必要があるとき」の要件を充足するか否か、すなわち、被疑者が現に取調べ中であるか否か、被疑者が在監しているか否かは容易に判断できるし、また判断すべき義務があるというべきである。そして、具体的指定権を行使する要件がない場合、弁護人等から接見の申出を受けた留置主任官は、速やかに接見させる義務があるというべきである。

ところが、D留置係は、右義務を怠り、検察官の具体的指定権の行使もなく、その要件もないのに、具体的指定書を検察庁に取りに来るよう強要して、原告の接見を拒否したK部長の違法な取扱に盲従した過失がある。

6  原告の損害

(一) 慰謝料 金一〇〇万円

原告は、県警二八号との接見が妨害されて接見ができず、そのため、県警二八号が再逮捕されて東京に護送され、依頼者である救済連絡センター(県警二八号は同センターに弁護人依頼権を包括的に委任していた。)から強い不信感を抱かれた。

よって、原告に対する慰謝料は、前者につき少なくとも五〇万円、後者につき五〇万円の以上合計一〇〇万円と見積もられる。

(二) 業務損害 金一〇万円

本件接見妨害(午前八時三〇分から午前九時四〇分までの一時間強)、これに伴う準抗告及びこれに関する準備(二時間)、再接見のため具体的指定書の交付を受けて代用監獄に赴いたものの、既に県警二八号が釈放されていたことによる調査(二時間)のために要した時間は、合計五時間に及んだ。

日本弁護士連合会報酬基準によれば、時間制報酬三〇分当り五〇〇〇円以上であるところ、本件当時、原告は登録後一六年以上の経験を有する弁護士であるところから、一時間当り二万円の報酬額が相当である。したがって、原告の被った業務損害額は、合計一〇万円が相当である

(三) 弁護士費用 金五〇万円

原告は、本件訴訟について、弁護士福岡宗也、同浅井正、同福井悦子、同竹内浩史等に委任したものであるが、本件訴訟遂行の難易度、必要とする時間が大きいことから、その報酬は五〇万円を下らない。

7  よって、原告は、被告らに対し、国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、連帯して金一六〇万円の内金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告国

(一) 請求原因1(一)のうち、原告が県警二八号の弁護人になろうとした者であることを除き、これを認める。

同(二)は認める。

(二) 同2の(一)(二)は、県警二八号の逮捕時刻を除き、これを認める。

愛知県警本部所属の司法警察員らは、昭和六一年四月二〇日、愛知県春日井市〈番地略〉○○団地二〇七棟一〇三号室の革命的共産主義者同盟全国委員会(いわゆる中革派)の秘密アジトにおいて、裁判官発布の捜査差押令状による捜査差押えを実施し、黒色火薬約四〇キログラム等を押収したが、右捜査実施中の同日午後三時五五分、右アジトに出入りしていた県警二八号(後日その氏名はHと判明)を公務執行妨害罪の現行犯として逮捕した。県警二八号は、氏名不詳のまま名古屋地検に送致されたが、同送致事実の要旨は、「県警二八号は、昭和六一年四月二〇日午後三時五三分ころ、前記アジトにおいて、多数の私服警察官を認めて小走りで立ち去ろうとしたため、警察官らが一五〇メートル追跡し、右アジトまで任意同行を求めて同行中、いきなり右肩で警察官の右胸に体当りするなどして、もって同警察官の右職務の執行を妨害した。」というにあった。そして、右事件の背景事情として、いわゆる過激派による爆発物製造及び爆破計画の発覚をおそれての犯行であるとの疑いがもたれた事案であって、犯行状況のみならず、その動機、背景事情をも含めた事案の真相を明らかにする必要があった。ところが、県警二八号は犯行のみならず、氏名等も黙秘した。そのため、Y検事は、勾留及び接見等禁止を各請求し、右事件については連日継続的に取調べを実施する必要が予想され、その上、事案の性質から県警二八号が弁護人等との接見を利用して関係者と通謀し、罪証を隠滅するおそれがあったことなどから、原告主張のように本件一般的指定書を送付したものである。

(三) 同3(一)のうち、原告主張のとおり原告が県警二八号との接見を申し入れたこと、その時点で県警二八号が在監中で取調べを受けていなかったこと、D留置係が右申し入れについて名古屋地検に電話連絡をしたことは認めるが、その余は否認する。

同(二)のうち、K部長が前同日午前九時二五分ころ原告との電話で、「検察庁に出向いてもらいたい。」旨依頼したことは認めるが、その余は否認する。

K部長は、右電話(昭和六一年五月一日午前九時二五分ころ)で原告に「具体的指定をしたいから、その協議と指定書受領のため来庁されたい。」旨依頼したが、接見を拒否したことはない。ところが、原告は、「被疑者が現に取調べを受けていない以上、直ちに接見させるべきである。」旨一方的に主張して電話を切り、来庁しなかった。

K部長が右のように原告に来庁を依頼した経緯は次のとおりである。

県警二八号に対する取調べは、逮捕勾留以後、警察において、連日実施したが、終始完全黙秘のため難航していた。Y検事が勾留満期も間近い昭和六一年四月三〇日(勾留七日目)夜、取り調べたときも、依然として完全黙秘の状態であった。そのため、Y検事は、直ちに警察の捜査担当者と協議の上、翌日の五月一日は、午前中を警察官が、午後をY検事が、それぞれ県警二八号を取り調べることに決め、その旨K部長に報告し、これら捜査結果も踏まえた上で、翌二日は県警二八号の身柄の措置等を決定することとした。なお、Y検事は、同年四月二五日ころ、警察の捜査担当者から、県警二八号の身元が判明したこと及び県警二八号に対し警視庁から殺人未遂容疑で指名手配されている旨の報告を受けていた。

K部長は、県警二八号に対する捜査状況につき、Y検事から毎日報告を受けていたので、同年五月一日朝、原告の接見申出を知り、前記のように県警二八号についての取調べの開始が間近に確実に予定されているとの認識の下に、弁護人等の接見が無制限にされれば、警察官の取調べのみならず、午後に予定のY検事の取調べ時間も確保できなくなり、捜査の中断による支障が顕著であるため、具体的指定をする必要があると判断した。そこで、原告と接見の時期などについての協議と具体的指定書受領のため来庁を依頼したものである。

同(三)は認める。

同(四)のうち、県警二八号が原告主張日に釈放されたことは認めるが、その余は否認する。

原告は、終日、名古屋地検に来庁することはなかった。

(四) 同4は争う。

(五) 同5は争う。

(六) 同6は否認する。

2  被告愛知県

(一) 請求原因1(一)のうち、原告が県警二八号の弁護人になろうとした者であることを除き、これを認める。

同(二)(三)は認める。

(二) 同2の(一)(二)は、県警二八号の逮捕時刻を除き、これを認める。

愛知県警察は、裁判官の捜索差押許可状を得て、昭和六一年四月二〇日、愛知県春日井市〈番地略〉○○団地二〇七棟一〇三号室の革命的共産主義者同盟全国委員会(いわゆる中核派)の秘密アジトにおいて捜索差押えを実施した。その際、県警二八号(後日その氏名はHと判明)が右アジト近くに現われ、同捜索差押え中の警察官らを認めて、立ち去ろうとした。そこで、警察官二名がこれを呼び止めた上、事情聴取のため任意同行を求めて同行中、県警二八号は、その警察官一名に体当りするなどの暴行を加えて逃走しようとしたため、同日午後三時五五分、その場で公務執行妨害罪の現行犯として逮捕された。

なお、県警二八号は、逮捕後も氏名等を黙秘したままであったので勾留され、同年五月二日の勾留期間満了日まで完全黙秘を続けたため、右事件の捜査は難航した。

(三) 同3(一)のうち、原告主張のとおり原告が県警二八号との接見を申し入れたこと、そして、D留置係が名古屋地検に電話を架け、原告に「検事が出勤していないので待ってほしい。」旨伝え、かつ、原告の質問に答えて、当時、県警二八号が在監中で取調べを受けていない旨述べたこと、また、原告がD留置係に「検察官の出勤を待つ必要はない。」「取調べをしていない以上、接見させるべきだ。」と述べていたことは認めるが、その余は否認する。

D留置係は、昭和六一年五月一日午前八時四〇分ころ、原告の接見申入れを受け、「検事さんのところに寄られましたか。」と尋ねたところ、原告が「寄っていない。」と答えたので、原告が検察官のいわゆる具体的指定を得た上で、県警二八号との接見申入れをしたものではないことが分かった。そこで、直ちに原告に検察官と具体的指定について直接協議してもらうため、名古屋地検の担当検察官であるY検事当てに電話を架けた。ところが、電話口には検察事務官が出て、「Y検事はまだ登庁していないので、しばらく待つように原告に伝えてほしい。」と依頼されたので、その旨を原告に伝え、その連絡を待っていた。しかし、D留置係は、右連絡がなかったので、同日の午前八時五五分ころと午前九時二〇分ころの二回にわたり、名古屋地検に催促の電話をし、その結果、後記のとおり、同日午前九時二五分ころ、K部長当てに電話を架け、これを原告に取り次いだ。このようなわけであるから、D留置係は、原告の接見申し入れを拒否したようなことはない。

同(二)のうち、前段は否認し、後段は知らない。

D留置係は、前記のように名古屋地検に催促の電話をした結果、前同日午前九時二五分過ぎ、名古屋地検検察事務官からの電話で、D留置係に、K部長のもとへ直接電話連絡してもらいたい旨依頼があった。そこで、D留置係は、直ちにK部長に電話を架け、所属と名前を名乗った上、原告と代わる旨を伝え、原告にはK部長であることを告げて受話器を渡した。原告は、右電話でK部長と県警二八号との接見について約五分間話をした後、D留置係に取調べが始まったかどうかを尋ねた。

そこで、D留置係は、既に県警二八号の取調べが始まっていたので、その旨答えたところ、原告は、午前九時四〇分ころ退去した。

同(三)は認める。

同(四)のうち、県警二八号が原告主張日に釈放されたことは認めるが、その余は知らない。

(四) 同4は争う。

(五) 同5は争う。

(六) 同6は否認する。

三  被告らの主張

1  被告国

(一) いわゆる一般的指定の適法性について

いわゆる一般的指定とは、検察官が、刑訴法三九条三項により行う接見指定権を円滑にかつ確実に行うため、当該被疑事件について、その必要がある場合、接見指定権を行使する意思があることを監獄の長らに対しあらかじめ通知するものにすぎず、被疑者と弁護人等の接見を原則的、一般的に禁止する効力を有するものではない。すなわち、一般的指定は、その目的、内容に照らし、捜査機関の内部的な事務連絡と解すべきものである。したがって、このような事務連絡には何ら違法な点は存しない。

(二) 刑訴法三九条三項による接見指定権行使の要件について

(1) 接見指定権行使の要件の存否は、被疑者の身柄の物理的必要性を唯一の基準として、その有無といった機械的、画一的基準のみによって判断されるべきものではない。刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」とは、当該事案の性格、内容及び背景(当該事案が組織的、集団的あるいは計画的犯行であるか否か等)、当該事案の真相を解明するために必要な捜査の手段、方法(汚職事犯、選挙買収事犯等のように、当該事案の真相を解明するためには専ら被疑者や関係人の供述によらなければ立証が困難である事案か否か等)、真相解明の難易度、捜査の具体的進展状況(証拠の収集がどの程度行われているか等)、被疑者の供述状況、関係人の捜査機関に対する協力状況(罪証隠滅工作をしているか否かを含む。)、弁護活動の態様(弁護人等のこれまでの接見状況等)等当該事案に係るすべての事情を総合的に判断した場合に、弁護人等と被疑者との接見が無制約に行われたとしたならば、捜査機関が現に実施し、又は今後実施することとなる被疑者、参考人の取調べ、証拠物の捜査押収等の捜査手段との関連で、迅速かつ適正に当該事案の真相を解明することが困難となるとき、すなわち、無制約な接見により事案の真相の解明を目的とする捜査の遂行に支障を生ずるおそれが顕著であると認められるときをいうものと解するいわゆる非限定説が相当である。

杉山最高裁判決はいわゆる限定説を採用したものとは解し難いところであるし、最高裁判所が浅井事件で平成三年五月一〇日言い渡した判決(以下「浅井最高裁判決」という。)も、杉山最高裁判決を引用した上で、「右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合には、捜査機関が、弁護人等の接見の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合をも含むものと解すべきである。」旨判示し、原告が主張する、いわゆる厳密な限定説(現に身柄を利用しているか否かという機械的、画一的基準のみによって判断する考え方)を排斥していることは明らかである。

(2) 刑訴法は、基本的人権の保障に十全の意を用いつつ、実体的真実を明らかにし、これに基づいて適正かつ迅速に刑罰権を実現することを目的としている。したがって、基本的人権の保障の観点から接見交通権の重要性を強調するあまり、実体的真実の究明とこれに基づく刑罰権の実現という刑訴法の目的を軽視することは許されず、接見交通権の行使が実体的真実の解明に支障をもたらす場合には、法は、被疑者の防禦権の行使に配慮しつつ、これに一定の制限を加えることを当然のこととして予定しているといえる。

捜査機関の接見指定権は、捜査、すなわち犯罪の嫌疑がある場合に公訴の提起、追行のために犯人を探索し、証拠を収集保全する必要から認められた権限である。捜査の実施は、国家が本来的に有している刑罰権を実現するために必須の前提となるものであって、憲法もかかる国固有の権限としての刑罰権の存在を踏まえて、同法三一条ないし四〇条の各規定を設けている。これに対し、刑訴法三九条一項所定の接見交通権は、憲法三四条によって直接認められた権利ではなく、同条の趣旨にのっとって刑訴法により規定された権利である。したがって、憲法上、接見交通権と捜査権ないし接見指定権のいずれか一方が他方に優越するという関係は見出し得ないのであって、捜査権、殊に接見指定権と接見交通権は、相互の均衡調和を保ちつつ運用されることが要請されているというべきである。

(三) 原告の接見申し入れ当時、具体的指定権行使の要件が存在したことについて

本件において、原告がD留置係に接見を申し出た昭和六一年五月一日午前八時四〇分ころの時点では、県警二八号が在監中で、警察官ないし検察官による取調べが行われていなかったことは事実である。しかし、K部長が原告と電話で応対した同日午前九時二五分ころの時点では、既に予定されていた警察官による取調べ開始時刻が迫っていたから、浅井最高裁判決が掲げている「間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べが予定どおり開始できなくなるおそれがある場合」に該当する。したがって、K部長に具体的指定権を行使する要件が存在していたことは明らかである。

(四) 接見指定書受領のため原告に来庁を求めたことの適法性について

刑訴法は、接見指定に関して、その指定の方式や告知の方法につき何ら規定していないので、これらについては指定権者の合理的な裁量に任せているものと解される。接見指定を書面で行いその内容を明確にすることは、立場を異にする関係者が多数関与し、とかく紛議が生じやすい接見手続を迅速、円滑に行うためにも、また準抗告の対象を確定するためにも極めて合理的な方法である。そして、その告知の方法として、弁護人等に指定書を受領するため検察庁に来庁するよう求めることも、弁護人等に過重な負担を強いる等の特段の事情がない限り、検察官に委ねられた合理的な裁量権行使の範囲内であるというべきである。

本件において、原告は、被疑者が在監している場合には検察官や警察官に接見指定権がないとの独自の見解の下に、検察官の指示を受けて原告と県警二八号との接見を実現しようとしている留置担当者にまでことさらに論争を挑み、K部長との電話の協議にも自己の見解を主張することに終始していたのである。このような原告の言動に照らせば、仮に本件でK部長が電話で接見指定を行ったとすれば、接見の終了に際し、原告と留置担当者らとの間で、接見指定の有無やその内容につき再び紛議が生ずることが容易に推測されるから、検察官において書面で接見指定をする合理性や必要性が高かったといえる。また、告知の方法として原告に来庁を求めた点についても、原告が赴いた県警留置管理課から名古屋地検までの距離は約六〇〇メートルにすぎず、接見指定書の受領持参を要求しても、その間の往復が原告にとって著しい負担になるとは到底思われない。当日の県警二八号に対する取調べの必要性や取調べ予定時間に照らすと、接見指定時刻は早くても当日午後遅くになったことが推測され、いずれにしても原告はいったん県警留置管理課を退出して出直す必要があった。しかも、原告は、県警留置管理課に赴くに当たり、捜査機関と接見の日時、場所及び時間等について事前の問い合わせや調整を行っておらず、右のような負担は、真にやむをえない特段の事情がある場合は格別、原告が当然要請される捜査機関との事前の調整義務を尽くさなかったため招来したものであるから、自ら招いたその程度の負担は甘受すべきものといわざるを得ない。これらを考慮すると、原告の前記負担も合理的なものであったといえる。

(五) 検察官の故意、過失の不存在について

(1) ある事項に関する法律解釈について異なる見解が対立し、実務上の取扱も分かれていて、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合、公務員がその一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したとき、その行為は行為規範に反するとはいえず、国賠法上の違法性を認めることができないものと解すべきである。このような場合、仮に裁判官が当該公務員と異なる見解をとったために、公務員の右行為が事後的に否定的評価を受けることになっても、少なくとも国賠法上、右公務員に過失があったとはいえないというべきである。

(2) 本件当時、刑訴法三九条三項所定の「捜査のため必要があるとき」の解釈につき、検察実務はいわゆる非限定説に沿って運用されていたし、右見解に沿う学説も相当の根拠をもって有力に主張され、裁判例は確たるものは存在していなかった。

このような状況を踏まえると、本件において、K部長は、接見指定権行使の要件に関する法律解釈が分かれ、実務上の取扱も分かれている中で、それ相当の根拠のある一方の見解を正当と解し、これに立脚して公務を執行したものであるから、K部長の行為は国賠法上適法であるし、少なくとも国賠法上の故意又は過失がないことは明らかである

(六) 原告の損害の不発生について

(1) 原告は、K部長らから接見を妨害され、そのため十分な弁護活動ができなかったことを慰謝料の発生原因、すなわち損害であると主張している。

しかしながら、刑訴法三九条一項は被疑者との接見交通権を弁護人等の固有権として規定するものの、右の権利は被疑者の防禦権の行使を補助するために、刑事手続上検察官と相対立する立場に立つ機関ともいうべき弁護人等に対し、同手続上の権利として付与されたものであり、弁護人等の地位に就いた弁護士たる個人に対して、被疑者の権利擁護とは関係なく与えられたものではない。したがって、刑事手続上の機関ともいうべき弁護人等がこのような刑事手続上の権利の行使を妨害されたとしても、このために生じた損害を弁護人たる個人が賠償請求できるいわれがない。

(2) 原告は、確立された検察実務の取扱に基づいて刑訴法三九条三項に基づく接見指定権を行使しようとするK部長に対し、接見に関する指定権の存在自体を無視する態度に出ているとしか評価し得ない行動に終始している。原告が当日意図した時間に接見できなかったことは原告自身の責に帰せられるべきものであって、その他、K部長らの行為によって原告に業務上の損害が生じたという事情も見出せない。

2  被告愛知県

(一) いわゆる一般指定の適法性について

前記三1(一)の被告国と同じ。

(二) 一般的指定がなされている被疑者について、弁護人等から接見の申出がなされた場合、留置管理担当者が取るべき処置について

(1) 刑訴法三九条三項の「捜査のため必要があるとき」の解釈について、浅井最高裁判決は、杉山最高裁判決を引用した上で、「右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合には、捜査機関が、弁護人等の接見の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含むものと解すべきである。」と述べており、指定の要件をより明確にした。

D留置係は、県警二八号の捜査に全く関与しておらず、留置所の職員と同視し得る立場にある代用監獄の留置管理業務に従事する職員であるから、弁護人等から接見の申出があった時点において、これから被疑者の取調べが開始されようとしているかどうか等すべての捜査のスケジュールについての知識を有しない。したがって、右最高裁判決に従う限り、D留置係が指定の要件の有無を判断することは不可能である。

(2) このようなわけで、一般的指定がなされている被疑者に弁護人等から接見の申出がなされたとき、留置管理担当者はこのことを捜査機関に伝え、捜査機関が指定権を行使しない場合には、他に支障がない限り当該被疑者を弁護人等に接見させ、捜査機関が指定権を行使したい旨の意思を表明した場合には、捜査機関と弁護人等との協議に委ね、右協議結果に基づいてなされる具体的指定に従って当該被疑者を弁護人等に接見させるべきであり、かつ、これをもって足りるというべきである。具体的には、弁護人等に指定権者を明示するなど接見指定を受けるための手段手順を示した上、指定権行使の意思の有無を指定権者に直接確認するよう求め、又は自ら指定権者に弁護人等からの申出を伝達し、いずれの場合においても、指定権者に指定権行使の意思がうかがわれる以上、指定権者と弁護人等との協議に委ねれば足り、留置管理担当者が独自の判断で即時弁護人等に接見させなければ違法であると解することはできない。

D留置係は、原告の接見申出を受けたとき、県警二八号の勾留機関満了日を翌日に控え、午後は検事の取調べがあることを聞知していたが、午前中は警察官の取調べがあることを認識していたのみであって、同取調べがいつからいつまで行われる予定であったかの点については、全く知らなかったから、D留置係には、指定の要件の有無を判断する法律上の権限がないのみならず、事実上もこれを判断することは不可能であった。したがって、D留置係が名古屋地検に電話を架けて原告の申出を伝達し、指定権者と原告との協議に委ねたことは正当である。

(三) D留置係の無過失について

本件当時、一般的指定書を行政官庁相互間の内部的連絡文書と位置付け、これを適法と解する多数の裁判例に従って公務を執行した以上、後に右解釈が誤りとされたとしても、D留置係には職務上の過失があるものということはできない。

(四) 原告の損害の不発生について

(1) 原告に何らかの精神的被害があったとしても、それは極めてさ細な、弁護士として日常業務を行っていく上でしばしばみられる予定変更ないし差し支えに基づく不快感程度のものであり、いわゆる受忍限度の範囲内に属する。

また、損害賠償の問題とされる被侵害利益とは、被害者に生じた全損害ではなく、そのうち通常人を基準として通常人ならば受けるであろう損害に限られるべきである。被侵害利益があまりにもさ細であるにもかかわらず、たまたま、当該被害者が加害者に対して特に強い悪感情を持っている等の特別な事情により若干の精神的損害が発生したとしても、この種の主観的被害の救済を法律の場面に持ち込むことは許されない。

(2) 本件においては、原告がK部長の要請に従って名古屋地検に出向いて協議すれば、同部長も、終日行う予定の取調べと調整の上、適当な時間を指定して接見させるつもりであったから、同日中に県警二八号と接見できる可能性は高かったといえる。そして、県警留置管理課から名古屋地検までの距離は徒歩でも数分程度であるから、原告が名古屋地検に出向いてK部長と協議することは一挙手一投足の労にすぎず、この程度の負担を原告に期待することは社会通念上許容されているものである。

したがって、原告が、同日、県警二八号と接見できなかったことによって何らかの損害を受けたとしても、右損害は、一挙手一投足の労を惜しんだ、いわば原告の自招行為によるものと評価されるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者

1  請求原因1は、原告が、昭和六一年五月一日当時、県警二八号の弁護人になろうとする者であったとの点を除き、当事者間に争いがない。

2  証拠(〈書証番号略〉、原告、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和六一年四月二〇日夜、東京の救援連絡センターからの電話で、後記三1のとおり逮捕された県警二八号の弁護を依頼されたので、翌二一日午前一〇時過ぎ、県警留置場に身柄拘束中の県警二八号に接見した。その結果、県警二八号は、原告を弁護人として選任する旨の意思を表明した。しかし、右弁護人選任届は、同年五月一日当時、捜査機関にも裁判所にも提出してなかった。

右事実によれば、原告は、昭和六一年五月一日当時、県警二八号の弁護人になろうとする者であったことが認められる。

二県警二八号の逮捕勾留、接見等禁止と接見等に関する一般的指定

請求原因2(一)、(二)は当事者間に争いがない。

三原告が県警二八号に接見できなかった経緯

証拠(〈書証番号略〉、証人Y、同K、同D、原告、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。

1  愛知県警所属の司法警察員らは、昭和六一年四月二〇日、愛知県春日井市〈番地略〉○○団地二〇七棟一〇三号室の革命的共産主義者同盟全国委員会(いわゆる中核派)の秘密アジトにおいて捜索差押えを実施し、黒色火薬約四〇キログラム等を押収した。右捜索差押え中の同日午後三時五三分ころ、県警二八号が現場近くに現われ、右警察官らを認めて立ち去ろうとした。そこで、警察官二名がこれを呼び止め、事情聴取のため右アジトまで任意同行を求めた。ところが、県警二八号は、右同行中の警察官一名に対し、体当たりをするなどの暴行を加えたので、同日午後三時五五分ころ、公務執行妨害罪の疑い(以下「本件被疑事件」という。)で現行犯逮捕された。

本件被疑事件は、犯行の態様、経緯等から単純な警察官に対する暴行事案とはみられず、その背景事情として、いわゆる過激派による爆発物製造及び爆破計画等の発覚をおそれての犯行との疑いがもたれた事案であった。

ところが、県警二八号は、右逮捕当初から犯行のみならず氏名等の身元についても黙秘し、名古屋地検が事件送致を受け、Y検事が弁解録取の段階でも完全黙秘を続けていた。そのため、Y検事は、県警二八号を勾留の上、取り調べる必要があると判断し、前記のように勾留請求とともに接見等禁止請求をして、いずれもその認容決定を得た。そして、このような県警二八号の黙秘態度、事案の性質等から、その取調べには相当の時間がかかるものと予測した。その上、県警二八号が弁護人等との接見を利用して関係者と通謀し、罪証を隠滅するおそれもあったので、具体的捜査状況によっては接見の調整を行う必要性があると判断したので、刑訴法三九条三項所定の接見等の具体的指定権を円滑に行使するため、昭和三七年九月一日付法務大臣訓令「事件事務規程」二八条に基づく所定様式の本件一般的指定書を県警留置場の管理者に送付した。この時、検事は、弁護人等が県警二八号に接見申入れをしたときは、県警留置場の留置係員が連絡をしてくれるものと考え、連絡が取れない状態になるとは予想もしていなかったので、格別、自分に対する連絡方法等を講じておくようなことはしなかった。

2  Y検事は、同年四月二三日県警二八号の勾留後、愛知県警の捜査担当者に対し、第三者の犯行目撃の有無確認等の裏付け捜査とともに、本件被疑事件の犯行動機、背景事情、中核派との関係等についても県警二八号を十分に取り調べるように指示した。そして、警察における右捜査状況について、毎日、電話等で報告させ、その都度、これをK部長に報告していた。

Y検事は、同年二五日ころ、警察の捜査担当者から県警二八号の氏名がHで、その身元が判明したこと及び県警二八号が警視庁から殺人未遂容疑で指名手配されている旨の報告を受けた。しかし、同月二九日現在の本件被疑事件についての捜査状況は、県警二八号が依然として完全黙秘を続けていた上、裏付け捜査も犯行現場にいた警察官二名の供述以外に目撃者を発見できず、犯行の動機や背景事情を明らかにする証拠もなかった。

3  愛知県警は、同月三〇日、午前から午後にかけて県警二八号を取り調べたが、依然完全黙秘のため、何ら捜査上の進展は認められなかった。そこで、Y検事は、K部長と相談の上、同日午後七時過ぎから午後八時四〇分ころまでの間、県警留置場において県警二八号を取り調べたが、やはり完全黙秘を崩すことはできず、その日の取調べを終了した。そして、愛知県警と翌日である同年五月一日の取調べ予定について協議した結果、午前中は愛知県警が、午後からはY検事がそれぞれ取調べを行うことに決めた。Y検事は、名古屋地検に戻り、K部長に当夜の右取調べ結果を報告するとともに、翌日の右取調べ予定についても報告した。

4  原告は、同年五月一日午前八時四〇分ころ、県警留置管理課に赴き、D留置係に対し、県警二八号との接見を申し入れた(この点は当事者間に争いがない。)。

D留置係は、県警二八号については、先にY検事から本件一般的指定書の送付を受けていたので、原告に対し、「検事さんの所へ寄られましたか。」と尋ねたところ、「寄っていない。」とのことであったので、Y検事に右接見申し入れを連絡した上その具体的指示を受けるため名古屋地検に電話を架けた(D留置係が原告の接見申入れにより名古屋地検へ電話を架けたことは当事者間に争いがない。)。ところが、電話口にはY検事立会の検察事務官が出て、「Y検事はまだ出勤していない。」「弁護士にはしばらく待っていただくように伝えてもらいたい。」と言われたので、D留置係はその旨を原告に伝えた(D留置係が原告に「検事が出勤していないので待ってほしい。」旨伝えたことは原告と被告愛知県間に争いがない。)。すると、原告は、当時、県警二八号が在監中で取調べを受けていないこと(この点は原告と被告国間に争いがない。)をD留置係に確認し、「検察官の出勤を待つ必要はない。」「取調べもしていなければ、接見させるべきだ。」と述べ(原告の右発言は原告と被告愛知県間に争いがない。)、D留置係に「検事さんが出勤されるまで、しばらく待ってもらいたい。」と言われるや、「一般的指定書はきているのか。」「どう書いてあるのか。」と尋ねるなどのやりとりを両者の間でしていた。そこへ、D留置係の上司である大中恵三警部が来て話に加わり、原告に「接見等に関する指定書(通知)が留置管理課長のもとにきている。」旨を話し、D留置係も原告に尋ねられて「その指定書は勾留の日にきた。」「いわゆる具体的指定書がない場合には、検事さんの所に連絡を取る。」などと話した。

5  D留置係は、前同日午前八時五五分ころ、原告が待機中であるのに名古屋地検からの連絡がいまだになく、他方、午前九時から予定の留置場内の点検、引継ぎ等の仕事もあって、Y検事に二回目の電話を架けた。しかし、Y検事はまだ出勤しておらず、先に電話に出た立会事務官が電話口に出て、「検事はまだ出勤していない。しばらく待ってもらいたい。」と言ったので、その旨を原告に伝えて席を離れた。

D留置係は、同日午前九時二〇分ころ、用務を終えて留置管理課に戻ってきたものの、依然として、名古屋地検から連絡がなく、原告も引続き待機中であったため、Y検事に三回目の電話を架けた。しかし、Y検事はまだ出勤していなかったので、電話口に出た先と同じ立会事務官に対し、「原告が待機しているので、速やかに対応してもらいたい。」旨依頼した。

Y検事は、通常午前八時四五分ころには登庁していたが、当日に限って、近く参加予定の地方検事研究の資料を自宅で作成していたため、通常より遅れて午前九時三〇分ころ出勤した。そして、原告の前記接見申入れがあったことについては、名古屋地検から電話連絡を受けたこともなく、全くこれを知らなかった。

6  K部長は、前同日午前九時一五分ころ、名古屋地検に出勤したところ、Y検事立会の検察事務官らから、「原告が県警二八号との接見を申し出て県警管理課に来ているが、Y検事がまだ出勤していないため困っている。」旨知らされた。そこで、K部長は、Y検事の登庁時刻も分からなかった(K部長も、立会事務官も、事前にY検事から当日登庁が遅れることの連絡は受けていなかった。)ので、いつまでも原告申入れの接見を遷延させることはできないので、自らこれに対応するため、県警留置課に自分のところに電話をするよう検察事務官に連絡を指示した。これに基づき、検察事務官は、同日午前九時二五分ころ、D留置係あての電話で、「公安部長が、直接、原告との対応をするので、公安部長のところへ電話をしてもらいたい。」旨伝えた。そこで、D留置係は、直ちに名古屋地検の公安部長室へ電話を架け、電話口に出たK部長には原告と替わる旨を伝え、他方、原告には相手が公安部長である旨を告げて、原告に右電話を替わった。

右電話で、原告は、「県警二八号は在監しており、取調べも実況見分もしていない以上、直ちに接見させるべきだ。」と述べたが、K部長は、「検察庁まで出向いてもらいたい。具体的指定書を取りに来てほしい。」旨応答した(K部長が右時刻ころ原告と電話で話し合ったことは当事者間に争いがなく、同電話で、K部長が原告に「検察庁まで出向いてもらいたい。」旨依頼したことは原告と被告国間に争いがない。)。しかし、原告は、前言を繰り返して接見をさせるべきとし、「具体的指定書発布の前提を欠いている。どこに具体的指定の要件があるのか。」と述べ、他方、K部長は、「我々はそのような考え方に立っていない。」とし、前同様、名古屋地検に具体的指定書を取りに来るよう求め、同じやりとりを続けていたが、間もなく原告の方で右電話を切った。その直後、原告は、D留置係から、警察における県警二八号の取調べが始まったことを聞き、右接見拒否に対する準広告申立てのため、同日午前九時四〇分ころ、県警留置管理課から退出した。

7  原告は、右退出後、その足で名古屋地検に赴き、警察官の接見に関する処分に準広告を申し立てたが、同地裁は、同日、これを棄却する旨の決定をした(この点は当事者間に争いがない。)。原告は、右準広告申立書を起案して名古屋地裁に午前一〇時三〇分ころ提出し、同申立てのため、同日午後に予定していた用務も変更し、これに一時間以上をかけた。

しかし、右のように準広告も棄却され、結局、原告は県警二八号に接見できなかった。

8  県警二八号は、翌二日、本件被疑事件については処分保留で釈放されたものの、直ちに殺人未遂容疑で再逮捕され、東京方面に護送された(右釈放の点は当事者間に争いがない。)。

四接見交通権の侵害

1  接見指定の要件

刑訴法三九条一項所定の弁護人等と身体を拘束された被疑者との接見交通権は憲法三四条の弁護権に由来するものであるから、同条三項による捜査機関のする接見又は書類若しくは物の授受の日時、場所及び時間の指定は、あくまで必要やむを得ない例外的措置というべきである。したがって、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則として何時でも接見等の機会を与えなければならない。しかし、接見等を認めると捜査の中断による支障が顕著な場合には、前記のように必要やむを得ない例外として、接見等の指定をすることができるが、その場合でも、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防禦の準備をすることができるような措置を採るべきである(最高裁昭和四九年(オ)第一〇八八号昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決(杉山最高裁判決)・民集三二巻五号八二〇頁参照)。そして、右にいう捜査の中断による支障が顕著な場合とは、捜査機関が、弁護人等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち合わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含まれるものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第三七九号、第三八一号平成三年五月一〇日第三小法廷判決(浅井最高裁判決)参照)。

2  Y検事の措置

(一)  Y検事が昭和六一年四月二三日県警留置場の管理者らに刑訴法三九条三項所定の接見等の具体的指定権を円滑に行使するため、県警二八号についての本件一般的指定書を送付したことは、前記二、三の1のとおりである。

そうすると、本件一般的指定書は、その目的、内容等に照らし捜査機関の内部的な事務連絡文書と解され、それ自体は被疑者や弁護人等に対し何らの法的効力が生ずるものではないというべきである(最高裁昭和六一年(オ)第八五一号平成三年五月三一日第二小法廷判決参照)。

よって、本件一般的指定書による一般的指定自体をもって違法と解することはできない。

(二) しかしながら、右のように本件被疑事件が検察庁に送致された後に一般的指定がされた場合、弁護人等が具体的指定書を持参せずに接見を申し出ると、代用監獄等の留置係員から検察官に対して具体的指定権の行使の有無が確認される運用がされていたことは明らかであるから、捜査機関の接見等の指定が必要やむを得ない例外的措置であることにかんがみ、一般的指定を行った検察官は、右のような接見申出に備え、留置係員との連絡態勢を整え、その連絡を受けた時は、これに対応できる態勢を整えておく等の措置を講じ、これに速やかに対処すべき義務があるというべきである。

これを本件についてみると、前記三の456認定のように、原告が県警二八号との接見を申し出たのは当日午前八時四〇分ころで、D留置係が、その直後から三回にわたり、Y検事に右接見申出の連絡と具体的指定を受けるため、名古屋地検に電話を架けているのに、これをY検事に連絡もせず、その登庁を待っていただけであり、Y検事もまた、当日、通常の登庁時刻(午前八時四五分ころ)より遅れる旨を名古屋地検に連絡したこともなく(名古屋地検がこのようにD留置係から再三電話連絡を受けながら、これをY検事に連絡せず、Y検事もまた登庁時刻の遅れを連絡せず、また、これを連絡しなかったことを至当とすべき特段の事情は、これを認める証拠がない。)、K部長が右接見申出を知って原告と電話で対応したのが同日午前九時二五分ころであるから、原告は、この間、約四五分間にわたり待機を余儀なくされたことが明らかである。

そうすると、一般的指定をしたY検事には、接見申出に対応すべき連絡態勢を整えず、そのため、これに速やかに対処すべき義務を怠ったものというほかないから違法というべきである。

3  Y部長の措置

(一) 刑訴法三九条三項によって、接見等を指定できる必要やむを得ない例外的な場合とは、捜査の中断による支障が顕著な場合であり、捜査機関が、弁護人等の申出を受けた時に、現に被疑者を取調べ中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせているというような場合だけでなく、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の必要とする接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も含まれるが、その場合でも、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防禦の準備をすることができるような措置を採るべきであることは前記四の1のとおりである。

したがって、右のような場合、弁護人等から接見等の申出を受けた捜査機関は、直ちに、当該被疑者についての取調べ等の状況又はそれに間近い時における取調べ等の予定の有無を確認して具体的指定要件の存否を判断し、その存在が認められた場合は、弁護人等と協議の上、接見等の目的に応じた合理的な範囲内の時間との関連で、仮に弁護人等の申出の日時等を認めることができないときは、改めてできる限り速やかな接見等の日時等を指定してこれを弁護人等に告知する義務があるというべきである。そして、捜査機関が右日時等を指定する際いかなる方法を採るかは、その合理的裁量に委ねられているものと解されるから、電話等の口頭による指定はもちろん、弁護人等に対する書面の交付による方法も許されないわけではないが、その方法が著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通が害される結果になるようなときには、それは違法なものとして許されないというべきである(浅井最高裁判決参照)。

これを本件についてみると、前記三の6認定のように、K部長は、当日午前九時一五分ころ、原告が県警二八号との接見を申し出ているものの、主任検察官のY検事が登庁していないため、県警留置課において既に約三五分間にわたり待機中であることを知っており、他方、当日午前中に愛知県警が県警二八号の取調べを予定していたことも報告を受けて知っていたことは明らかであるが、右取調べが予定どおり行われるのか、その正確な時間等を把握していたわけではなかったのであるから、Y検事に替わって原告の右接見申出に対応のK部長としては、まず、直ちに、愛知県警に県警二八号の取調べを始めたか否か、まだ取調べを実施していないならば、その開始時刻と終了予定時刻、取調べ中ならば、その終了予定時刻等を確認して具体的指定要件の存否を判断すべきであるのに、これを怠り、右確認をしようとしたこともなく、具体的指定要件の存否を判断したことはなかった(右要件が認められないときは、直ちに原告に接見させなければならないことはいうまでもない。)。それにもかかわらず、K部長は、電話で原告に「名古屋地検まで具体的指定書を取りに来てほしい。」旨述べ、「直ちに接見させるべきだ。」とする原告との間で互に論争したとはいえ、終始これに固執し、原告と協議してできる限り速やかな接見日時等を指定しようとしたこともない。しかも、右接見日時等の指定は、右電話で原告と協議して口頭でこれを指定できるのに、これによることなく、具体的指定書の交付による指定にこだわったことは、三五分以上も待機させていた原告に、さらに県警留置場と名古屋地検との往復のために二〇分近くの時間(両者間の距離が約六〇〇メートルで、この間を徒歩で往復するだけで二〇分近くを要することは、当裁判所に明らかである。)の無駄を重ねさせることにかんがみると、その指定方法もまた著しく合理性を欠き、弁護人等と被疑者との迅速かつ円滑な接見交通を害するものというほかない。

よって、K部長の原告に対する対応ないし措置は違法というべきである。

4  D留置係の措置

接見指定権者につき、刑訴法三九条三項は「検察官、検察事務官または司法警察職員」と規定しているが、事件が検察庁に送致された後は、捜査の主宰者は検察官であり、現実には司法警察職員による捜査が行われていたとしても、司法警察職員には独自の指定権はないものと解される。また、代用監獄の留置係員は、犯罪捜査を担当しておらず、接見指定のための「捜査の必要性」の有無を判断できる立場にないから、留置係員としては、検察官による一般的指定がされ、具体的指定権を行使する用意のあることを予め告知されている場合には、具体的指定を受けずに接見を申し出た弁護人等に対し、担当検察官を明らかにし、検察官との協議を求めるなど具体的指定を受けるための手順を示し、あるいは担当検察官に接見申出の事実を連絡して具体的指定権を行使するか否かを検討する機会を与えれば足り、留置係員が独自の判断で速やかに弁護人等と被疑者との接見をさせなかったとしても、それをもって違法と解することはできない。

これを本件についてみると、D留置係は、前記二の45認定のとおり、主任検察官であるY検事に再三電話で原告の接見申出を連絡するとともに、具体的指示を受けるための連絡をし、K部長にも電話を架けて原告との接見についての協議を取り次いでいることが明らかである。そうすると、D留置係は留置係員としての職務を適法に執行しているのであるから、その措置について違法な点は認められない。

五故意過失の有無

原告の県警二八号に対する接見申出につき、Y検事及びK部長の措置ないし対応が違法であることは前記四のとおりであるから、これが捜査機関として遵守すべき注意義務に違反するものとして、同検察官らに少なくとも過失があることは明らかである。

六原告の損害

1  精神的損害

原告は、前記三認定のとおり、Y検事及びK部長の違法行為により、接見を申し出てから約四五分間待機を余儀なくされ、結局、当日県警二八号と接見をすることができず、弁護人等として十分な弁護活動もできなかったのであるから、これによって精神的苦痛を被ったことは推認するに難くない。

このような精神的苦痛に対する損害が刑事手続上の機関ともいうべき地位にある弁護人等として、当然負担すべき職務上の範囲内のものということはできないし、右のような地位にあるからといって、弁護士個人が精神的損害の賠償請求をできないということも相当でない。

よって、諸般の事情を総合考慮し、原告に対する慰謝料としては一〇万円をもって相当と認める。

2  業務損害

原告は、前記接見妨害により、弁護士として一〇万円相当の業務損害を被った旨主張するが、前記慰謝料のほかに、金銭的評価が相当な業務上の逸失利益を認めるに足る証拠はないから、右主張は採用しない。

3  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経過、認容額等のほか、諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害としての弁護士費用の額は二万円をもって相当と認める。

七結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告国に対し一二万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年五月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求及び被告愛知県に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官竹内純一 裁判長裁判官角田清、裁判官藤田昌宏は、転補のため、署名押印できない。裁判官竹内純一)

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